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    • 2019.08.08 Thursday
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    深煎りコーヒーについて

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       コーヒーの味作りを考えるとき一つは生豆が持っている素性を素直にそして十分に引き出そうとする在り方で、もう一つはあくまでも自己表現としてのコーヒーを追求する在り方であると思います。ブレンドと単品でも変わってきますが現在はスペシャルティのシングルオリジン(ストレートをエリア、農園、品種等さらに特定化したもの)がブームのせいか前者に重きを置く風潮はあります。しかし、私が若い頃に訪ね歩いた名店にあっては後者に重きを置く店が結構ありまたその多くは深煎り派でした。

       単純にコーヒーというものを考えますと深く煎るに従って植物質の個性が減少し苦味だけの単調な世界になってゆきます。

       では、深煎りのコーヒーはどれもこれもが似たようなものかと申しますと現実はそうではなくその苦味の中に多彩さを示すものです。

       例えば、特に記憶に残っている店として東京の「外苑前」駅近くにあったDという店があります。濃度は中庸でおそらく誰が飲んでも抵抗なく飲めるものでしたがそこにはたいへん丁寧で慎ましやかに畳み掛けてくるような苦味があり深く心を打たれたものです。

       また、渋谷にVという店がありました。ここの深煎りは濃厚なものですが最初口に入るときはオヤっと思うほどぬるくて柔らかく、次の瞬間には度数の高いアルコールのような苦味がクヮッときます。そして最後に喉元をマイルドに通り過ぎるといったものでたいへんドラマチックな展開をみせていました。

       言葉にすればどこにでもあるような深煎りコーヒーに思えるかもしれませんが両店とも真似ができそうで決して真似のできない唯一無二のものを作り上げていました。そして、口には出さずとも「私にとって美味しいコーヒーとはこのようなものでございます」という店主のメッセージがカップに秘められていたものと思います。(現在は両店ともありません)

       

       さて、話を自分のことに切り替えますが私は深煎りを作るときは必ずしもスペシャルティ豆にこだわりません。

      スペシャルティ豆を使うとクリアで高級感は出るのですがキャラが強くてどうもしっくりこない。むしろ、スタンダード品の豆の方が味が自然体で個人的に馴染めるというのが理由です。ただ、これはあくまでも私の感じ方です。 


      コーヒーの甘みについて

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         コーヒーの美味しさについてよく甘酸っぱいとか甘苦いとか表現されることが多いものです。特に日本人の場合この甘みについて敏感であると言われています。

         さて、コーヒーの甘みについては科学的にあまり解明されていないようなのですが、そうは言っても体験的に確かに甘いコーヒーはあるものです。ただし、甘みの程度は大別すれば以下の通りになります。

        一つは誰が飲んでもハッキリと甘いと感じられる甘み。二つ目はAさんには感じられBさんには感じられない甘み。三つ目は説明書きには甘いと謳っているが誰が飲んでも甘みが感じられない甘味。(冗談を言っているわけではなく現実の話です)

         焙煎する側の人間にとっても常に安定的に甘みを引き出すことは難しいもので大概は一時的に甘い時があるというのが現実です。年間を通して常に安定的に誰が飲んでも感じるレベルの甘さを引き出す焙煎技術を持っている人は少ない気がします。

         私の経験で言えば、一年のうち何度かどの銘柄の豆も甘くなる時があります。

        その時はまるで世界中の違う地域、違う環境で育った豆同士が一斉に同期でもしているかのような錯覚に襲われます。少々ラフな焙煎をしてもそうなります。

         その時期を過ぎますと銘柄によって出たり出なかったりすることが多く、商社や問屋さんの説明書には甘いと書いてあってもどう焙煎してみても甘みの出ない豆なども出てきます。 

         もう一つ重要なことは同じ甘味でもべったりとしつこいような甘味の場合コーヒーとしての風味が潰れてしまっているケースが多くあまり美味しいとは個人的には思いません。

         このようにコーヒーの甘みというのはあるにはあるが確実性が必ずしも高いわけではないと思います。

         


        コーヒー一期一会

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          常に同じ味のコーヒーを飲もうとするのは根本的に難しいものです。

          難しい理由の一つ目はコーヒー豆が農産物であるからです。

          コーヒー豆というのは産地を絞ろうが農園を限定しようが天候によって毎年味が変わるものです。さらには時代によって栽培や精製法も変わってゆく。そのためスタンダード豆を全体的に見ましても30年前と現在では同じ生産国であっても随分違ったものになったなあと実感することはよくあります。(特定のブランド豆であっても名前は同じで味はガラリと変わってしまうことは少なくありません。)

           また、そうした生産地における農業上の変化のほか生豆は生きものですから日本に入港してからも年間を通じて味もコンディションも変化していきます。現在はニュークロップ(新豆)の方が味は良いとする考え方が主流ではありますが入港直後に良い味のする豆もあれば何ヶ月かたってから良い味のする豆もあります。

           ちなみに、生豆というのは時間経過の中で徐々に劣化していくものなのかというとそうとも言えません。商社のように定温倉庫にでも保管していれば話は別ですが日本には四季がありその気候変化の中で生豆は意外と機敏に環境適応をしているのであって直線的に劣化をしているわけではないように私には感じます。

           

           理由の二つ目は焙煎というのは決して安定したものではないからです。焙煎は気温と湿度の影響を受けるものです。例えば、夏場の高温多湿期と冬場の低温乾燥期で同じ火力、排気、時間にしていたのでは味がブレてしまうことになります。そのため、焙煎する人は気候の変化の中で調整してゆくことが多い。特に春先や冬の初めに焙煎は大きく揺れる。しかしながら、焙煎機の操作を変えながら常に味を一定にするといのは極めて難易度の高い行為ですし抽出液の濃度も変化します。

           日本全国たくさんのロースターが最良の焙煎を求めて日々火力、豆の温度上昇率、時間、排気などの焙煎過程を記録し検証しているわけですが(ちなみに私は全くやりません。私の場合生豆の変化の方に注意を向けているため)努力している人はたくさんいても胸を張って私は焙煎が完全にわかったと言い切る人は多分いないと思います。

           

           以上コーヒーの味が安定しない2つの理由を述べました。

          精緻に味の磨き上げられたコーヒーというのは確かにたいへん魅力的で常にその味を出せるのであれば何とも幸せなことかもしれませんが、そうかと言ってあまりそれに捉われていても仕方がありません。コーヒーの味はある一定の枠組みに収まっていればとりあえず良しとしなければなりません。


          雑味の重要性について

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             もし、コーヒーについて一般の方であるならばコーヒーは雑味はない方が良いとお答えします。雑味が多いとコーヒーは飲みづらいものになりますし豆本来の味がマスキングされてどうもよくありません。ネットを見ましても現在では多くの自家焙煎店がハンドピック(欠点豆や異物を取り去る作業のこと)を実行しています。ちなみに、一口にハンドピックと言いましてもスペシャルティ豆とスタンダード豆では労力にかなり差がありスタンダード品の方が概して欠点豆や異物が多いため時間がかかります。(スタンダード豆はハンドピックによって1ランク以上優秀な豆になることはよくある)

             さて、ここからは私見となりますが「では雑味の全くないコーヒーは美味しいコーヒーなのか?」と問われれば違うのではないかと思います。多ければ確かに問題なのですが微量であればコーヒーの味全体を引き締めるのに功を奏しているのだと思います。雑味の全く感じられないコーヒーは私にはワサビのついていない寿司を食べている気分になりどうもしっくりこない。他の人はどう感じるのか疑問に思い以前実験で徹底的にハンドピックしさらに粒も揃えた豆でお客様にコーヒーを淹れ感想を聞いてみたことがありました。そうしましたら「飲みごたえがない」という返答でした。それを聞いて「なるほど」と思ったものです。(他のロースターが同じような実験をした場合違う結論が導き出されることも考えられることなのであくまでも私が焙煎した豆ではという条件が付くことをご了承ください。)

             特にこのことは夏場にアイスコーヒーを作っているとよく感じます


            「水」の話し

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               コーヒーを淹れる時にはどういう水を使ったら良いのかご質問をいただいたので今回は「水」についてお話しします。

               まず、通説では軟水であれば(日本は大体どこも軟水)何でも良いということになっています。日本茶や紅茶であれば同じ軟水でもいわゆる「名水」で淹れると驚くほど味が変わった経験があります。(苦味の質などが変わる)

               ところが、コーヒーの場合味が濃いためかそうした水を買ってきて淹れてみても変わりばえがほとんどしませんでした。

               では、やはり通説が常に正しいのかといえばそうとも言えないことがあります。

              例えば、札幌(星置)と函館では同じ水道水でもコーヒーの味は結構変わります。

              最初は気のせいかと思っていましたがあまりにも毎回感じることなので、ある年普段使うミルやポットなど道具一式を運んで実験してみたことがあります。

               結果、やはり明らかに味が違ったのです。こうしたことから、「水」については良く分からないというのが私の実感です。よく考えてみれば、無味無臭のはずの「水」になぜ美味しいものとまずいものがあるのか?人間の味覚は「水」の何に感応して美味しいかそうでないかを判断しているのか?など謎は深まるばかりです。

               ついでにもう一つ水の話をすれば、ガス台で短時間で沸騰させた湯と電熱器や石油ストーブの上にのせたヤカンの湯のように1時間くらいかけて沸騰させた湯とではコーヒーを淹れた場合(抽出の際は少し冷ます)口当りはかなり変わります。後者の方がずっとまろやかになります。これは劇的に変化します。


              抽出の話2

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                 今では少数派になりましたが70年代から80年代にかけてはサイフォンが大変流行りました。また、当時自家焙煎店はかなり少数で喫茶店の多くは大手や中堅の焙煎メーカーによる煎り豆を使っていました。(浅煎りから中煎りが中心)

                 若い頃の記憶で恐縮ですが、喫茶店で使われている豆を家でドリップ式(透過法抽出)で淹れた場合度々酸味の強さに手こずったものです。ところが、同じ豆をサイフォンで淹れた場合なぜかドリップ式に比べ香りが立ち味も酸味が適度に丸められバランスが良くなり驚いたものです。

                 抽出器具が変われば味も変わるものなのです。 

                 コーヒー屋により見解のズレは多少ありましょうが、私としては煎りの浅い豆についてはサイフォンのような浸漬法抽出が向いていると考えています。(ただし、現在私自身ドリップ式以外の抽出はしませんし同時にあまり浅く煎らないようにしています。)

                 近年、スペシャルティコーヒー豆がブームになり浅く煎った酸味寄りのコーヒーが注目されるようになりました。そして当初スペシャルティ派の人たちが特に採用したのはフレンチプレスであります。プレス式も浸漬法ですから浅煎り豆と相性が良いのだと私は見ています。

                 さらに言えば、皆様がコーヒー豆を買われる場合その店(もしくは店主)がすすめる抽出器具さらには抽出方法にて淹れた方が良いと思います。

                 なぜなら、コーヒーを作る側は意識的にも無意識的にも普段自らが使う抽出器具を前提に味作りを行なっているからです。

                 


                抽出の話1

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                  普段ドリップ式でコーヒーを淹れている方の中にはお気付きの方もいらっしゃると思いますが、ドリップ式で一度に1杯分を淹れるのと複数杯分を淹れるのとでは味は違ったものになります。(同じ要領で淹れた場合の話ですが)

                  味が異なってしまう要因で特に大きいのは抽出時間だと私は思います。

                  時間によって粉から出る成分が違ってくるからです。

                  抽出時間が短すぎる場合、味は薄くはなるものの不味くはならないことが多いのですが逆に長すぎる場合不味い成分が出る上に潤いのない味で香りもないようなコーヒーが出来上がることがよくあります。

                   ドリップ抽出はドリッパー内に十分泡が残っている間に終了させねばなりません。泡の切れ間が見えてくるようではすでに抽出時間オーバーとなります。

                   また、浅煎りと深煎りの豆を比べた場合泡の持続時間は浅煎りは短く深煎りは長くなります。そのため深煎りは多めの量(杯数)を淹れても(抽出時間が少し長くなっても)問題のないことが多いのですが浅煎り〜中煎りの場合はできれば1〜2杯分(多くても3杯分)くらいにとどめておく方が良いと思います。

                   ドリップ方式といってもコーヒー屋によってその手法は様々ですが、こうした煎り具合と抽出時間の関係はやはり傾向があるように思われます。概して深煎り派は粉による濾過層を崩さぬよう丁寧にそしてコクが出るよう少し時間をかけて注湯していることが多く逆に浅煎り派は濾過層にはあまりこだわらずスピーディーに注湯しているケースが多いと思われます。

                   


                  コーヒー豆の飲み頃

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                     焙煎後の鮮度重視を謳うコーヒー屋はたくさんありますが(うちの店もそうです)、実際には様々な意見があります。焙煎後2〜5日だという人。2週間くらいたって味が落ち着いてからだという人。1ヶ月以上たってから美味しくなるという人もいます。どうやらこれは焙煎の仕方と豆の性質などと深く関わっているのであってどれが正しいなどと決めつけられるワケではありません。あえて傾向として申し上げれば熱風や半熱風式の焙煎機を使っている人より直火式焙煎の人の方がある程度日数がたってから美味しいという意見は多い気がします。(ただ、単に熱風式、半熱風式、直火式と言っても火力、時間、排気の設定は皆違うため常にそうだとは言えません)うちは半熱風なので業務用の直火式焙煎機についてはあまり語れませんが、直火式の場合豆が炎による高温に晒されるため表面が硬化し味や香りが逃げづらい構造に煎り上がるというのがその論拠のようです。焙煎後の豆のエージング(熟成)についても肯定する人、否定する人がいて意見はまちまちです。

                     ちなみに、業務用から離れて手網焙煎での私の経験で言えば焙煎直後酸の強かった豆が2週間ほどたってから酸味が跡形もなく消えすっかりまろやかで甘くなっていたということはよくありました。現在、仕事で使っている半熱風式焙煎機では概ね焙煎後2日から14日くらいをベストな飲み頃として一般のお客様には説明しています。(厳密に言えば豆によって違いますが、説明が面倒になるので目安としてそのように説明しています)

                     


                    美味しいコーヒー豆に出会うための基礎知識

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                      美味しいコーヒー豆に出会うための基礎知識(序)

                       

                       これまでエッセイ的な内容の記事をほんの少しだけ書いてきましたがもう少しコーヒーそのものに踏み込んだ記事を書いた方が良いだろうと思いたちました。順次書いてゆきますのでご関心のある方はお読みください。

                       

                       一口に美味しいコーヒーといっても人の嗜好は十人十色であり簡単に決めつけられるものではありません。大別すれば酸味の効いた浅煎りのコーヒーを好む方、適度な酸味と苦味を持った中煎りの味を好む方、苦味の優った深煎りのコーヒーを好む方となりますが、その他にもある特定の銘柄の特定の焙煎(要するにその店の味)にこだわる方や軽い味もしくは濃い味といった濃度を問題とする人もいます。そうした嗜好の違いのあることのほか、こうであれば必ず美味しくなるとかああすれば美味しくなるとかという決めつけはできないものです。必ず例外的事例が発生するからです。一般向けの情報に目を向けてますとコーヒー屋は皆同じことを言っているように思われるかもしれませんが実際には結構違うもので様々な見解が交錯乱舞しているのが実情であります。こうしたことを前提とした上であえて私なりにコーヒーについてこの先お話ししてゆきたいと思います。

                       

                      ‘Δ諒歛犬醗み頃

                       

                      1、保存容器の盲点

                       

                       一般論としてコーヒー豆の保存は外気の遮断のため密閉容器に入れるとともに直射日光を避けて涼しい場所に保管することが推奨されています。

                       さて、ここからが問題なのですが普段お使いの保存容器をいつも通りに洗い乾かしてから蓋をして2〜3日置いてください。そしてそれから蓋を開けてみてください。

                       異臭はしないでしょうか。しなければ問題ありません。しかし、異臭のする場合は多いと思います。というのも表面的には綺麗に洗ったつもりでもコーヒーの油脂分とそれに伴う匂いというのは中性洗剤を使って普通に洗ってもなかなか落ちにくいものなのです。洗った直後は全く匂いはしませんが時間が経つとかなり強い匂いを発することがあります。私はガラスのビン容器に入れて豆を販売しておりますが豆を入れ替えるたびにビンをクレンザーを使って洗っています。それでも乾かしてから蓋をして2〜3日たって開けてみると匂いが多少あったりします。コーヒー豆は周囲の匂いを吸いますので事は重大です。

                       密閉容器に豆を入れる目的の一つが他の食品などの匂いをコーヒーに移らせないことにあるわけですが容器自体が異臭を放つようでは本末転倒となります。極端な場合、逆に異臭漬けとなります。

                       賞味期限を考えるとき、豆の異臭の原因が単純に豆自体の経時劣化によるほか容器内の異臭が付着してそうなる可能性も否定できず(豆の吐き出したガスが容器内に充満し化学変化を起こし豆に逆流しまうことも考えられる)そのため前提条件に瑕疵がないよう注意する必要があります。ちなみに、コーヒー豆の賞味期限というのは自ら飲んでみて妙な味や匂いがしないかどうかで判断するべきであって当然個人差がありますし保管状態によっても変化するものと考えるのが妥当です。

                       


                      無題

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                         江戸時代、白隠という僧はある夜コオロギの鳴き声を聞いて一瞬にして大悟したという。

                         僕のように俗世間のさらにその片隅で生きている人間にとって縁遠い話であるけれどコーヒー豆を焙煎する者はいつもベストな焙煎とはどういうものか探求心をもって仕事をしている。けれど、焙煎というのもそう簡単には悟れるものではない。火力を強めたり弱めたり、排気(釜の中を流れる空気のこと)を多くしたり少なくしたり、また時間を長くとったり短くとったりそしてそれらの組合せで思いつく限りのことを試してみるものである。何年も何十年も。

                         ある時はとうとう素晴らしく煎り上がったと大喜びする。それこそ悟りでも開いた気持ちになる。ところがしばらくして同じ豆を同じように焙煎してみれば、あにはからんや、違う味になっており落胆の底に沈む。(一般的にこれは焙煎時の気温や湿度の変化が影響を与えていると説明されているがどうもそれだけではない気もするのだが・・・)こうしたどんでん返しを僕は数限りなく繰り返してきた。そして、いつからかそうした一喜一憂を捨て、むやみな操作もやめ、ただじっと煎り上がる豆を見守るようになった。

                         何年か前、知り合いの方とお茶する機会があった。話によれば、彼は仕事で僕と同じようなロースター(焙煎士)を取材することがあったのだそうだ。その際、焙煎する様子を見せてもらったらしいが驚いたのだという。何に驚いたのか聞いてみると、そのロースターは釜に生豆を入れてから火から下ろすまでの間、ただ焙煎機の前の椅子にポツネンとうずくまるように座りまるで動かなかったからだそうだ。

                        動かざること山の如し的焙煎手法というのは決してめずらしいわけではないので僕にしてみれば驚いたという知人の方に新鮮さを感じた。そもそも、ロースターというのは世の中からどう思われているのだろう。

                         険しい表情で釜(焙煎機)をにらみつけ時折わけのわからぬレバーを動かし最後には気合いもろとも一気に釜の蓋を開ける。そして、もうもうと立ち上る煙の中から鬼神のようなロースターの姿が現れるといったところか。

                         ロースターの実際の仕事というのは総じてそのようなことはない(と思う)。真剣ではあっても表情には出ず自然体でリラックスした姿で仕事をしている方が多いのではないか。あるいは接客などの他の仕事をしながら焙煎もしているというケースもある。新聞を読んでいる人もいた。ただ、これはあくまでも「総じて」の話である。というのも、コーヒーの世界には予測もつかないような求道心をもつ人が人知れず存在するからだ。集中力が並外れているのならば、釜の中の豆が自分かあるいは見ている自分が豆なのかわからなくなってしまうような人がいてもおかしくない。そうした場合、ハタから見てその人がどう映るのだろうか。抽出の世界だってそうである。何かひどく思い詰めたような表情で辺りにただならぬオーラを漂わせて一心不乱にネルに湯を落とす人を見たことがある。きっとその人はその時自らが湯と化してコーヒーの粉の中に潜り込んでいたに違いない。

                         

                         つくることと売ることでは土俵が違う。我を忘れて何かを作ったところでそれが売れるという保証はどこにもない。当たり前だが、つくる人はつくるモノのことを考え、売る人は客のほうに意識が向く。それで物事がうまくいく。企業の場合部署に分かれていてそれぞれの人がそれぞれの仕事に専念できるようになっている。そのため効率は良い。しかし、部署が違えば自ずと立場も変わり部署間で意見が合わず摩擦が出てくることもある。商売を始めた時ひとりで物事を決められるのでそうした歪みは発生せずスムーズに仕事を進められると思っていた。しかし、実際やってみてそうはならなかった。何のことはない。二重人格になるだけだった。 

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