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小田原のミカン

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     以前、サラリーマンをしていた頃小田原の近くで仕事をしていたことがあった。ある日会社の同僚が近くの農家からミカンをもらってきた。大小様々で中には少し汚れているものなどもあったが食べてびっくりとても美味しかったのである。普段スーパーで買うものに比べて味に力強さがあって何か野性的な感じがした。そこに居合わせた者皆がおいしいおいしいと言っていくつも頬張った。
     ミカンについて言えば近年品種改良でオレンジとかけ合わせたものやレモンとかけ合わせたものも出回るようになってきている。十分甘くて何よりも意表を突く味と香りでこれまた優れたおいしさがある。
     このように一口においしいなどと言っても前者のように自然の恵みを意識するおいしさもあれば後者のように人為的洗練を覚えるおいしさもある。
     さて、私は現在コーヒー豆屋なのだからコーヒーの話をするが昨今注目を浴びているスペシャルティコーヒーというのは全般的に後者寄りである。コーヒー農家が品種改良、栽培、精製等それぞれの過程でワザを尽くしてつくりあげている。雑味がなく果実のような味と香りは上級品になる程に顕著になるようだ。
     しかし、個人的に好みなのは小田原のミカンのようなコーヒーの方だ。自然の恵みを感じる野性味を帯びたコーヒー。飾らずまっすぐで力強い味と香りのコーヒーである。だが、気に入ったものになかなか巡り会えないでいる。
     ところで、私は80年代の中頃から趣味が高じて手網でコーヒー豆を焙煎するようになったがどうもその頃の豆と現在流通している豆とでは違う気がしてならない。スペシャルティではなくスタンダード品(コモディティ、一般流通品)の話である。コーヒー豆の品質低下は昨日今日の話ではなく80年代に既に問題になっていたと後年知ったがそれでも今より十分魅力を感じるものも少なくなかった。何分アマチュアの趣味のレベルであるから扱う豆の種類も量もプロと比較にならない。手網と業務用焙煎機という違いもある。だから、それは一過性のもので単なる思い込みに過ぎないと言われても仕方がないのだがそうしたことを踏まえてもやはり今の豆とは違うのではないかと考えている。
     当時の豆、例えばブラジルはハゼの音がもっと大きかったし味にしなやかな柔らかさがあってとても心地良い風味があった。現在手にするブラジルは味が中庸である点は同じだがしなやかな柔らかさを出すものがない。そして、スタンダードもスペシャルティもハゼは小さい。
     コロンビアはどうだろうか?とても力強い豆で少しくらい煎りを深めてもすぐには苦くならず代わりに重心の低いコクとキレ、そしてとても甘くなってくれた。現在でもコロンビアは他の銘柄と比較すれば力強い豆の部類に入るだろう。しかし、煎りを深めていく過程で苦味が早めに出てくるようになった。甘みやコクも地に足のついたような低重心型になってくれない。そのため近頃はフルシティの少し手前で火から下ろしている。
     圧巻はケニアであった。1987年のことだ。
    二十数分かけて深煎りにしたつもりが飲んでみたら全く酸っぱかったことがある。豆面は黒く油脂分が結構出ていたから見た目はフレンチだ。フレンチと違うのはセンターカットが真っ白だったことくらいだ。このときのケニアは酸味が優っていたとは言え味も香りも素晴らしいの一語に尽きた。モカの味と香りに初々しい花のような香味がプラスされた感じであった。(当時のモカはハラーが多かった)何せモノはケニアである。モカに比べ雑味もないし格段の強い香気を放った。
     余談になるが、本当に素晴らしいと思うコーヒーは「美味しい」とか「満足感がある」といったものではない。背筋がぞっとするような衝撃的な感銘やまるで飲んでいる自分が卑小な存在であると思い知らせるような凄みや品位を感じさせてくれるものである。そのときのケニアはまさにそれであった。
     今やケニアはスペシャルティの代表格のような存在である。近年いろいろ買い漁ってみたがたいへん優秀で個性的な味や香りはあるもののその時の豆とは違う。モカのような香味など口の中でどう捜してもまず見当たらない。
     
     特にコーヒーに失望することが多くなったのは90年代に入ってからだ。
    どの豆も深く煎れなくなってきたのである。深く煎ろうとするとコクが出ずに上ずった平坦な苦味を出す豆が増えてきたのである。当初はそれでもその原因が自分の拙い手網焙煎によるものであると思っていた。だから散々煎り方を工夫してみたりもしたのである。しかし、10年たっても20年たってもかつて感動した味にカスリもしないとあればやはり豆質の変化を疑わざるを得なくなってきていた。
     そうこうしているうちにスペシャルティ豆のブームになった。
    スペシャルティ豆と聞いて何と心ときめいたことだろう。
    昔感動した豆にまた出会えると思ったからである。
    ところが実情は違った。期待したのとは異なった方角を向いている豆たちであったのである。別にスペシャルティが悪いなどと言ってるわけではない。
    むしろ、かつて味わったことのない優れた味と香りがこの新しい流れの豆にはある。だから、実際会社を辞めコーヒー豆屋になって前面に出しているのはスペシャルティ豆である。生産地事情が変化しているにもかかわらず昔感銘した味に執着するのは自らの道を狭くするだけだとも思った。もう一つは趣味の場合重箱の隅をつつくようなコーヒーの求め方になるが商売をはじめると全体的に平均点を上げることに留意するようになったからである。ある一点に固執してあの苦味を出さなくてはならないとか常にこの豆からはこういう風味を引き出さなくてはならないとかをやっていると実験に何十キロも場合によっては何百キロも豆を捨てる羽目になる。いつまでもそんなことをしていたのでは商売は成り立たない。飲んでみて問題がなければとりあえず良しとしなければならない。平均点を上げるという意味においても大方品質が確保されているスペシャルティを使っている方が楽なのであった。
     このように自分で自分に「今は商売をしているのだから」と言い聞かせながら日々スペシャルティを使って仕事をしているがそれでも時折昔飲んだコーヒーのことが頭をもたげてくる。同時に私などよりもっと古くからコーヒーを愛好していた人たちはどのようなコーヒーを飲んでいたのだろうかという疑問も湧いてくる。
      最近ティピカ種のコロンビアを生豆業者の情報で見かける。試しにひとつ取り寄せてみたことがあった。ティピカ種コロンビアと聞けば伝統的で本来のコロンビアというイメージだ。焙煎してみて感じたことは品種としては確かに伝統的なものかもしれないが果たしてこれが昔のコーヒー人が味わったコロンビアなのかどうかである。というのもコーヒーの先哲はコーヒーを枯らすことを良しとしている。ところが私が取り寄せてみた豆はどう考えても枯らすにふさわしい強い酸と力を持つ豆ではなかった。ニュークロップでも幾分浅めに煎るのに適した豆だったからである。ティピカ種のコロンビアといってもいろいろあるので安易に決めつけはできないが、それにしても現代の豆はあくまでも現代の豆なのであろうか。
     ハワイコナもそうだ。元来酸味の強い豆で「オールドコナ」という言葉があるとおり枯らして酸味を抜かなくては落ち着かない豆であったはずだ。この豆もいつからかシティローストでバランスのとれる豆になった。
    ブルマン化したのである。おそらく一般の受けは良いだろう。
     煎りやすくなったが個性的なトロピカルな風味は消えた。
     
     普段、スペシャルティ豆を謳ってコーヒーの焙煎・販売をしていて心配な点がひとつある。それは人為的であるが故の味と香りの天井が見切られることである。わかりやすく言えば、おいしいけど飽きられるのではないかと考えてしまうのである。いつまでも飲むたび毎に新たな新鮮さをもって人を魅了し続けるといった具合に果たしてなるだろうか。「際だったカップ特性」も最初はアッと思うが次第に「確かに違いはあるが結局は何を飲んでも同じ」になってきはしまいか?これから先も優れたスペシャルティ豆は出現するかもしれない。けれども人為的に洗練された豆というのはどこまでいっても味の大気圏のようなものを突き破ることはできない気がしてならない。それができるのは野性的な要素を持った豆の方ではないのか。
     この天井が見切られたとき果たして私が思い描いている小田原のミカンのようなコーヒーは復活してくれるだろうか?


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      • 2019.06.15 Saturday
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      • 16:50
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